歴史から学ぶ信仰の尊さ

浦上四番崩れから150年

山下俊一(長崎・城山教会)

執筆者 近影

私のルーツは、浦上本原郷一本木出身です。
縁あって長崎大学に奉職し、チェルノブイリ原発事故やセミパラチンスク核実験場周辺の医療支援活動に長年携わり、2011年3月の東日本大震災とそれに続いて発災した東京電力(株)福島第一原発事故に遭遇し、現在は活動の拠点を福島に移しています。


世界中何処でもそれぞれ固有の歴史と文化の重みがありますが、明治維新150周年の折に、「西郷どん」のNHK大河ドラマを始め各種行事や特集が組まれています。しかし、福島では明治維新とは呼ばず、戊辰の役から150年であり、常に勝者により創作される歴史の裏側を知ることで、私自身のルーツを考える契機となりました。

徳川時代の潜伏キリシタンへの迫害と殉教の血は、その土地そして人々の歴史となり記憶の継承に繋がっていますが、九州から東北まで広く全国に及び、ここ福島でもその歴史を探索することができます。

そのような中、2018年11月3日、大和郡山教会を初めて訪問し、大塚喜直司教による講演記念ミサにあずかる幸運を得ました。

祖先の難渋を偲び涙する

ヴィリオン神父と浦上流配信徒との関係を知り、さらに昭和44年11月3日の切支丹総流配百年祭に、祖先の難渋を忍び尊崇の記念として建てられた墓碑を目の前にし、涙を禁じ得ませんでした。

人類は度重なる過去の過ちや失敗から学びつつ、世代を越えて幸福と平和を追求してきたことを再認識しました。アウシュビッツでの極限の体験を昇華させた「夜と霧」を書いたヴィクトール・フランク氏の言葉を待つまでもなく、絶望の淵に立たされてもなお人間性や希望を失なわなかった人々がいたことを思い起こさせてくれます。

1945年8月9日、潜伏から復活した浦上の地に落とされた原子爆弾被災の阿鼻叫喚の惨状の中で決死の救護活動を続け、その後自らも如己堂に臥床し、死の直前まで平和希求を祈り続けた永井隆博士の精神が私たち医療人のお手本です。

死者の声に耳を傾ける

私が好きな言葉に、「死者の声に耳を傾ける」があります。これは伊藤明彦氏の「原子野のヨブ記」に由来する「死者を死者と呼ぶなかれ、生者ある限り死者は生きる」の精神ですが、祖先を想うことで未来への責任を自覚することになります。

最後に、今回のプレ記念ミサに参列し、関係者のご尽力を知ることができました。新年を迎えるにあたり、流配150周年記念ミサ行事に向けての良い準備と成功を心から祈念し、大和郡山教会、そして京都司教区奈良ブロック実行委員会の各位に感謝とお礼を申し上げます。有難うございました。
(編集部注・著者は現在福島県立医科大学に勤務されています):「でめきん(2019年1月1日発行号より抜粋)」